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聖なる夜に咲く花は

seiya



「人間なんて結局、欲まみれなのよ。
 清純そうでも根は黒い、この花のようにね」


町を歩く白い少女。
彼女が贈るクリスマスローズは人々の暗い欲望を呼び覚まし、凶行に走らせる。
やがて少女の魔の手は、旭春が想いを寄せる女性・美知留にまで及ぶ。
一方旭春は、毒草園に残されていたノートから自分と佐伯七生との関係に気づくこととなり……

猫と琥珀と毒草園シリーズ、第7弾。

B6サイズ/192ページ/オンデマンド印刷/900円

<続きは本文の冒頭および抜粋です>
      1

 少女は道を駆けていた。
 日没間際の住宅街。西へと走る少女はまるで、山並みに消えゆく太陽を追いかけているかのよう。
 否。
 少女は逃げているのだ。背後から音もなく忍びよる夜の気配に怯えて。
 ……今日は冬至だから。いつまでもおしゃべりしていないで、はやく帰って来なさいね。
 鼓膜に響いてきたのは、塾に出かけようとした少女に投げかけられた母親の声である。意味が分からずに首をかしげていると、一年で最も昼間の時間が短い日なのだと教えられた。
 今日は太陽の力が弱いから。悪霊たちが闇から出て来てしまう日なんだって。まるでハロウィンみたいに、ね。
 声をひそめて告げたものの、母親は笑顔で少女を送りだした。母親が自分の言葉を信じていたとは思えない。おそらく冗談のつもりだったのだろう。
 そう判断して家を出た少女は、塾に着く前にその会話を忘れてしまった。思いだしたのは帰宅途中、友だちと別 れてひとりで道を歩きだしたときだ。
 いつの間にか頭上が薄闇に染まっており、太陽は山のむこうに隠れはじめている。吹きつけた風はひどく冷たくて、まるで悪霊の吐息のよう。
 そんなことを考えた瞬間に恐くなって、思わず走りだしてしまったのだ。
 ……だけど、間にあわなかった。
 淡い夕焼けを空に残して、太陽は山のむこうに沈んでしまった。夜の訪れを報せたのはカラスの鳴き声。羽ばたく姿は見当たらないから、木の枝にでも止まっているのだろう。
 取り残された少女は我知らず立ち止まり、荒い呼吸をくり返す。
 悪霊なんているはずがない。そんなものが恐いなんて、馬鹿みたい。
 自分自身に言い聞かせて、あえてゆっくりと足を動かす。動かそうとして、視界の隅でなにかが動いていることに気がついた。
 少女が立っているのは、町内で一番大きな屋敷の前。敷地は高い壁に囲われているが門は細い鉄柵で、その気がなくても内部の様子を見ることができる。少女が生まれる前から空き家だったというその屋敷が、あらたな住人を迎えたのは数ヶ月前だろうか。
 蔦に覆われていた壁は真白に塗り替えられ、屋根瓦は深い藍色に統一された。もともと洋風の建物だったが、改築を終えた姿はまるで小さなお城のよう。さまざまな植物で溢れる庭の中央には、小さな噴水まで据えられているのだ。
 そしてなにより目につくのは、庭中に咲き乱れる白い花。うつむき加減に咲く純白の花は、闇に染まることなく浮かびあがって見える。
 おとぎの国を連想させるその場所で、少女が視界に捉えたのは白いコートをはおる人影だった。
 横顔が外灯に照らしだされたのは一瞬。しかしそれは少女がよく知る女性の顔に酷似していた。
 門の手前で立ちつくす少女に気づかぬまま、女性は白い花を摘んでいる。
 表札にはローマ字で『ハナブサ』とあるから、ここは女性の家ではない。声をかけるべきか否か。ためらっていると、ふいに女性の動きが止まった。
 胸に抱いていた花が音もなく地面に落ちる。そう思った瞬間、女性が崩れ落ちるように地面 に膝をつけてしまったのだ。
「先生!」
 門扉に手をかけたのは無意識だった。レンガの敷かれた小道を走って、女性の元へと走り寄る。
 呼びかけても女性はうつむいたままで、その肩が苦しげに震えている。
「先生、大丈夫?」
 背後に立って問いかけても、女性は答えない。
「美知留先生?」
 不安を抑えきれずに、肩へと手を伸ばす。だが指先が肩に触れる寸前に、少女は手首を掴まれた。それは枯れ木のように細く、骨筋張った指だった。
「勝手に入ってくるなんて、いけない子」
 しわがれた声が笑っている。その声を聞いた瞬間、少女は総毛立っていた。
 ……違う。この人は、先生じゃない。
 背中を丸めていたから気づかなかったが、女性は自分とおなじぐらいの体格をしていた。だがこの声は、この指の持ち主が子供であるはずがない。
「それに先生だなんて。あなた、わたしの弟子にでもなるつもり?」
 楽しげに問いかけながら、顔をあげる。少女の手首を掴んでいたのは、美知留とは似ても似つかぬ 皺だらけの老女だった。
 渇ききった肌は変色し、生きている人間のそれだとは思えなかった。しかしその力は強く、どんなに力をこめても腕をふり払うことができない。
 そう。ただの老婆ではない。
 これは闇から這いだしてきた悪霊なのだ。
 そう察した瞬間、少女の喉から甲高い悲鳴がもれていた。

(中略)

 間接照明だけが灯された佐伯毒草園の客間。暗闇の中、かすかに響いてくるのは近隣の寺院から放たれる鐘の音だ。大晦日の夜に響くそれは、百八の煩悩を取り除くという除夜の鐘である。
 だがそんなもので抑えることができるほど、人の欲は弱くない。
 砂壁に浮かびあがる孔雀像の影を視界に映しながら、毒草園の主である佐伯七生は茶托に乗せた湯飲み茶碗を客にさしだした。
「あなたと最後にお会いしたのは、そうですねえ。かれこれ二十年ちかく昔のことになりますか」
 人が良さそうに見える表情をうかべる七生の外見は二十代後半、もしくは三十代前半程度。しかしその目には老獪な光が見え隠れしている。
 毒草園と名乗りつつも、七生は古い時代の英知を受け継ぐ薬種商の末裔だ。不老不死薬をも取り扱う七生が、外見どおりの年齢であるはずもない。
「わたしを覚えてくれていたの?」
 驚いたように目を見開いて、英マリヤは艶やかに笑ってみせる。
「来たのはせいぜい二、三回だし。わたしのことなど、とうに忘れていると思っていたのに」
「四回ですよ。最初にシミを消す美容液を購入されて。その後は香料が鼻につくだの、肌に染みるだのと、難癖をつけては配合を変えた品を要求されました。少々面 倒になって、不老不死薬をお渡ししたのが最後です。それからは別の薬種商をお使いのようだから、私の商品がお気に召さなかったのでしょう。正直、あなたは二度と私の前に現れないと思っていたのですが」
 大げさに肩をすくめながらも、七生は表情を崩さない。
「そういえばあの男が質の悪い不老不死薬を商いだしたのは、あなたと取引をはじめてからでしたねえ。私の秘薬とよく似た配合だったにも関わらず中途半端な効能しかなく、彼はあなた以外のすべての顧客を失った。だがそれも当然の結末でしょう。秘薬というのは、そう簡単に複製できるものではないのですよ」
 だからこそ、七生は自身の秘薬に高額な値段をつけていられるのだ。
 七生の視線は、過去にマリヤが犯した罪を静かに責めている。
「だって仕方がないでしょう? あの頃のわたしは、不老を実感できるほど年老いていなかった。それにシミが消えたぐらいで、満足できるわけもなかったから」
「馴染みの薬種商に無理難題を押しつけて。その結果がいまのお姿ですか。ずいぶんと可愛らしくなりましたねえ」
 白いドレスを纏うマリヤの見た目は十五、六歳ほど。肩に垂れる髪は艶やかな漆黒で、笑みを結ぶ唇は真紅。その姿は白雪姫を連想させるが、七生の記憶に残るマリヤは二十代後半の女性だった。
「いまは『白い魔女』と名乗っていると聞いていますよ。アメリカの上流社会では案外知られた存在なのだとも。二十年ぶりに日本に帰ってきたのは、やはりあの男の死が関連しているようですね」
 マリヤと手を組んでいた薬種商の死体が、ゴミ置き場から発見されたという噂が流れたのは半年ほど前の話だ。全身に刃物を突きたてられ、血に染まった姿はまるでボロ雑巾のようだったという。
「あなたに魔女を名乗れるほどの知識を授けたのはあの男でしょう。そんな相手を、平然と始末してしまう。あなたには白雪姫より、老婆に変装した妃のほうがお似合いのようだ」
「なんだ、知っていたの」
 非難の言葉を否定することなく、マリヤはつまらなそうに肩をすぼめてみせる。
「たしかにいろいろ教えてもらって。だからもう、あの男に頼る必要がなくなったのよ。それにあの人、わたしを騙していた。そんな人間を生かしておいたら、わたしの名前に傷がつくわ」
 平然と言い切るマリヤの主張は正当だ。
 彼らが生きているのは、我の強い人間がたがいに足を引っ張りあう醜い世界。隙を見せた人間が足をすくわれ破滅しても、油断した側が悪いと切り捨てられる。七生自身、周囲を小うるさく飛びまわる蠅を何匹も叩き落としてきた。
「自分のためにも、つきあう人間は選ばなければならないって気づいたのよ。それに魔女であるわたしには、薬種商の存在は欠かせないし」
「だからといって、おなじ街に住み着かれても鬱陶しいだけなんですが」
「あら。そのほうが、あなたの手間が省けると思ったのだけれど」
 鈴の音を思わせる笑い声を響かせながら、マリヤは湯飲み茶碗に手を伸ばす。
「マンドレイクをいただこうかしら。それから麝香。もちろん麝香鹿から採取した天然物をね。あとは……そう、不老不死薬もお願いするわ。まがい物は飲み飽きたから」
 茶の芳香を楽しむ姿は優雅で、おとぎ話に登場する姫君のよう。だが赤い唇の奥でちらついているのは蛇の舌だ。
「あいにくですが、いまさらあなたを顧客に迎える気はありませんよ」
「もしかして、わたしがあの人の推薦状を持っていることを忘れているのかしら?」
 首をかしげたマリヤが取りだしてみせたのは無記名の封筒だ。羊皮紙を思わせる封筒には、赤いワックスの封蝋が押されている。蝋に浮かびあがっているのは、絡みあう二頭の蛇と人間の目。それは伯爵と呼ばれる男が己の印とする紋様だ。
 伯爵の口癖は『人はもっと自由に生きるべき』というもので、気に入った人間には援助を惜しまない。そして伯爵は平然と、七生たちにも協力を要請してくるのだ。
「推薦状の持ち主は、伯爵本人と同様に扱うこと。この封筒には、そういう意味があると聞いているわよ。もちろん伯爵の依頼を無視すれば、相応の報復を覚悟しなければならない。あなたも、彼には逆らえないのでしょう」
「彼がウチの上客なのは事実です。ですが、顧客に迎える人間は自分の判断で選ばせてもらっていますよ。むろん、あなたも例外ではありません」
 目的のためには手段を選ばず、罪悪感すら覚えない。伯爵の推薦状を持つ人間は、たいてい七生が己の顧客に求める素質を備えている。だからこそ二十年前、七生はマリヤを客と認めたのだ。
「だがあなたは私の信頼を裏切った。そんな相手とふたたび取引を開始したと周囲に知れたら、それこそ私の評判が地に落ちる」
 珍しくも笑みを殺して、七生は短く吐き捨てる。
「そう言うと思ったわ」
 白磁の茶碗に口をつけて、ゆっくりと茶を味わう。茶碗をテーブルに戻したあとも、マリヤの表情に落胆はない。
「だから、いますぐ結論を聞く気はないの。薬種類の手持ちは十分にあるから、あなたの心変わりを待つ余裕もある。それにしばらくは、退屈しなくてすみそうだし……。日本で活動をはじめて、まだ一ヶ月。それなのに、次から次へと相談が舞いこむのよ。悩み自体は些末なものばかり。ほんの少し我を張れば、そんなことで悩む必要もないのに。『いい人』を演じることに慣れてしまって、欲望のままに動くことができないの。哀れだと思わない?」
 マリヤの視線が七生から離れて、背後に広がる闇へと流れてゆく。そこに、なにを見たというのだろう。わずかに細められた瞳に宿った光は、獲物を狙う肉食獣のそれだ。
「だから偽善者の仮面を引き剥がしてあげるのよ。欲を剥きだした彼らは、きっとピエロのように踊ってくれる。どれほど滑稽なダンスを披露してくれるのか。想像するだけでも退屈が紛れるわ」
「……あなたがどんな遊びに興じようと、私には関係ありません。ですが、ウチの顧客を巻きこむような行為はお控えいただきます」
 マリヤのそれにも似た視線をむけて、七生は静かに釘をさす。
 床の間に飾られた孔雀のブロンズ像は等身大で、精緻な造形はいまにも動きだしそうな躍動感に満ちている。しかし首をのけぞらせ、毒蛇を丸飲みしようとする姿には益獣としての神聖さはない。蛇の毒をも糧として生きる孔雀の姿は、毒草園を営む七生の印でもあるのだ。
「降りかかる火の粉を自分で始末できない顧客がいるなんて、あなたもずいぶん趣味が変わったわね」
 砂壁に伸びた孔雀の影に覆われながらも、マリヤの赤い唇は愉悦の笑みを崩さない。
「わたしは自分の欲のままに動くだけよ。あなたの忠告を聞く義務はない。それにわたしの玩具に手をだしているのは、あなた側の人間でしょう?」
 ふいにマリヤが右手をあげて、その指先を目前に運ぶ。人差し指だけを伸ばす手は、まるで小鳥でも止まらせているかのよう。
「青い鳥が幸せを運んでくると信じる愚かな少女。あの男に預ければ少しはマシに育つかと思ったけれど、ダメね。すっかりつまらない女になってしまって。名前を付け間違えたわ」
 不快げに鼻を鳴らして、目に見えない小鳥を鷲掴みする。
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