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猫の手、貸します。ねんねこ商會 (完売しました)

 

ねんねこ













 
 
 
 
 
 
 







猫の気持ちが分かるのは、お兄さんも猫だから?

猫神社にある駄菓子屋ねんねこ商會では、困った人に『猫の手』を貸している。
『猫の手』こと昴が受けた依頼は猫探し。
しかし夜の町で昴が目撃したのは巨大な白蛇だった。
町に流れる怪異の噂、まとわりつく白い蝶に、不可思議な神社の関係者たち。
果たして昴は依頼を果たすことができるのか。


現代ファンタジー(読み切り)

B6サイズ/108ページ/オンデマンド印刷/600円


  
続きは冒頭および抜粋です


 
 
 
    1

 どこからか、押し殺した泣き声が聞こえてきた。しゃくりあげるような声はか細くて、幼い子どもが膝を抱える姿が脳裏をよぎる。
 ……ああ、またか。
 無意識のうちに眉をひそめて、耳を澄ます。
 泣くのは悪いことだと思っているのだろう。あの子は、かならず物陰に隠れてから涙をこぼすのだ。
 だから自分は声を頼りにあの子を探して、震える身体に寄りそった。そんなことを何度くり返したのか覚えていない。どうせ泣くなら自分が側にいるときにすればいい。そう伝えられないことがもどかしかった、あのころ。
 記憶に残る少女は泣いてばかりで、めったに笑顔を見せてくれなかったものだ。
「昴」
 名前を呼ばれたのは、そんなことを考えていたときだ。気持ちを切り替えることができず、少女の泣き顔を脳裏に描いたまま顔をあげる。 
 その先で待ちかまえていたのは、冷ややかな視線。昴のはすむかいに座る真雪は、胡粉を塗った土人形に彩色を施しているはずだった。しかしいつの間にかその手が止まり、色素の薄い瞳がまっすぐに昴を射貫いている。
 緋袴を纏う姿は涼やかだが、切れ長の目がややきつい印象を与える女性である。もう少し表情を和らげれば雰囲気も変わるのだろうが、そんなことを意見できる立場でもない。
「なにを惚けている、昴」
 抑揚に欠けた声が苛立ちを含んでいると気づいて、昴はようやく我に返った。
 慌てて背筋を正すと、手にしていたはずの鈴が音をたてて床を転がってゆく。お守りに付ける小さな鈴の音が、やけに大きく鼓膜に響く。
「授与品を扱うときは、気を引き締めろと教えたはず」
「すみません。……だけど」
 姉弟子である真雪に小言を食らうのはいつものことで、昴は条件反射的に頭をさげる。しかし諦めきれず、上目づかいに真雪をみやる。
 あの子のことを思いだしてしまった原因である泣き声は、いまもかすかではあるが昴の耳に響いている。それは当然のことながら、真雪の鼓膜にも届いているはずなのだ。
 だが昴から視線を離した真雪は、何事もなかったように作業に戻ってしまう。
「ええっと、真雪さん?」
 真雪の前にずらりと並ぶ土人形はどれも片手をあげた猫の形をしている。真雪が丁寧に彩色を施した招き猫は幸運を呼び寄せるという噂がたち、いまでは毎晩のように彩色作業に追われているのだ。
 昴たちが住まう三枝神社の雑務を一手に担う真雪が忙しいのは分かっている。それでも話ぐらい聞いてくれてもいいのではないか。
 猫のそれにも似た子どもの泣き声は、無視しろと言われても耳に、否、魂に響いてきてしまう。
 叱られるのを覚悟して、真雪をみつめること数分。ほう、と吐息をもらして、真雪は筆の動きを止めた。
「手伝う気がないのなら、目障りだ」
 それだけを告げて、手元に視線を戻してしまう。だがそれは真雪なりの許可なのだろう。
「ありがとうございます!」
 あらためて頭をさげて、昴は廊下に飛びだした。
 神社の参道ぞいにあるこの建物は廊下を挟んで参道側が授与所、反対側が主の趣味ではじめた駄菓子屋になっている。泣き声が境内の外から聞こえていることには気づいていたから、昴は迷うことなく駄菓子屋側の扉を開いた。
「さて、と」
 スニーカーのつま先で地面を叩きながら、後ろ手で引き戸を閉める。
 東京のはずれ。駅からも離れたこの町は再開発が進んでいるものの、夜の闇は十分に濃い。もうすぐ梅雨を迎える季節とはいえ、木々の間をすり抜ける風は肌寒くもある。だがいまさら上着を取りに屋内に戻るのも面倒だ。
 周囲に人の気配がないことを確認して、昴は耳をそばだてる。
 とたんに、さまざまな雑音がうるさいほどに響いてきた。
 神社の周囲は住宅街だ。漏れる灯りはわずかでも、その内側ではそれぞれの家族が生活を営んでいる。夕飯時のせいだろう。食卓を囲む賑やかな話し声に、テレビの音。その隙間を縫うように響くのは二区画先の国道を走る車の音だ。
 痛みさえ伴うようなそれらの音に顔をしかめながらも、昴は音を拾うことを止めない。探しているのは、あの泣き声。
 泣いている子どもの声は他にもいくつか聞こえてくるが、孤独と痛みに身を震わせるような声はひとつだけ。側に頼れる人間がいるのなら、あんなふうには泣かないだろう。
 目を瞑れば、反射的にあの子の姿が脳裏に浮かぶ。だがあれは十年も前の記憶。いまはもう、彼女も大人になっているはずだ。
 記憶に蓋をして、泣き声にだけ集中する。疲れてきたのか、その声がだいぶ掠れており、鼻をすする音の方が大きく聞こえる。
 ……みつけた。
 瞼を開き、昴が見上げたのは神社の東。声は、車が行き交う国道よりも手前から聞こえてくる。闇を見透かしながらも昴が脳裏に描いたのは、建築現場を囲う白い防音壁だ。たしか高層のマンションが建つのだと聞いた覚えがある。
 声の主はその周辺にいるはずだ。
 歩きだそうとした昴は、しかし自分を呼び止める声を聞いて足元に視線を落とす。声の主は子猫だった。地面に座って昴を見上げる黒猫は、口と喉の部分にだけ生える白い毛が闇夜に浮かびあがってみえる。
「どうした、母さんとはぐれたのか?」
 神社には多くの猫が住み着いており、この子猫が兄弟や母親とともにいる姿はよく見かけていた。だが子猫は不満げに尻尾を振って、みゃうみゃうと舌足らずに鳴いてみせる。
「ああ、おまえもあの声が気になるのか。……大丈夫だよ」
 子猫の頭をそっと撫でてから、昴は歩きだした。
 駅と駅との中間にあるこの町の主な移動手段は車や自転車だ。ただバスが動いている時間はどこに人がいるか分からない。不自然にならない速度を保ちながら車道を渡り、工事現場を目指す。
 真夜中であればもっと楽な移動手段が取れたのだが、文句を言っても仕方がない。
「やっぱりあの中だよなあ」
 一歩近づくたびに大きくなる泣き声は、防音壁が張り巡らされた工事現場から聞こえてくる。
 ヒトの聴覚には届かないだろう小さな泣き声。だからこそ誰にも気づかれないまま取り残されているのだろうが、いったいどこから入りこんでしまったのか。
 ため息をもらして、昴は周囲をうかがった。
 高さ三メートルほどの防音壁が途切れているのは、国道に面した出入り口だけ。だが夜間はそこにもフェンスが張られているし、側には二十四時間営業のコンビニエンス・ストアがある。子どもをみつけた後ならともかく、工事現場に無断で立ち入るところを他人に目撃されるのは気まずい。
 いま昴がいるのは国道ではなく、一方通行の舗道である。街灯のあかりも届かない位置で、道のむこうにある幼稚園は人気もなく、ひっそりと闇に沈んでいる。
 自分の姿を目に留めるモノはない。それをくどいほど確認してから、昴はガードレールに右足を乗せた。少しだけ足に力を溜めると、一気に防音壁を飛び越える。
 音もなく着地したのは、積みあげた鉄骨の上。壁を越えたせいだろう。意識しなくても泣き声が鼓膜に響いてくる。
 鉄骨から降りて、足場の組まれた建築現場を覗きこむ。いまはまだ基礎工事の最中らしく、剥きだしの鉄骨とコンクリートが暗い影を織りなしている。その隅に、膝を抱える子どもの姿があった。
「おーい、大丈夫か?」
 声をかけると、小さな背中がびくりと震える。ついで勢いよくふりむいて、涙を溜めた目が昴を捕らえた。五、六歳だろうか。カーキ色のシャツにジーンズという服装から、男の子だろうと判断する。
 少年は泣くことも忘れて、驚いたように昴をみつめた。
「こんなところで、どうしたんだ?」
 鉄骨を伝い降りて、少年の前で膝をつく。昴の声で我に返ったのか、少年は気まずそうにうつむいてしまう。
「登れなくなっちゃったんだ」
 か細く震える声は、怯えているのだと見当がついた。工事現場に入るのが悪いことだというのは子どもでも分かる。だから、その行為を咎められると考えているのだ。
「そうか。こんな暗いところで怖かったよなあ、よく頑張ったね」
 頭を撫でてやると、困惑したような表情で見上げられた。だがこの子を叱るのは、この子の保護者の仕事である。
 そんなことを考えながらも笑顔を見せると、昴に対する警戒心が解けたらしい。
 少年の名前は永野圭介。怪我はしていないようだが、長く屋外にいたせいで身体が冷え切っていた。抱きあげても厭がることもなく、むしろ子猫のようにすりついてくる。よほど心細かったのだろうと、昴は無意識のうちに吐息をもらした。
 ざわりと、首筋に寒気を覚えたのはそのときだ。
「お兄ちゃん……?」
 ふりむけないよう圭介の頭を手で押さえながらも、昴は地面を凝視した。基礎工事が進められるその場所はコンクリートで塗り固められている。だが昴から三メートルほど離れたところで、ふいに水が湧きだしてきたのだ。
 工事に欠陥があるわけではない。青味を帯びた水は冷気とともに、わずかな腐臭を伴っていた。このにおいには覚えがある。これは異界から漏れだしてきた水なのだ。
 その水面から顔を覗かせたのは、軍帽を被った男。鼻の半ばまでしか見えないが、よどんだ目が笑みを含んでいるのが分かる。全身が総毛立つのを感じながらも、昴は男から目を離さない。
 吹きつけた風に、工事現場を覆うシートがはためく。ついで遠くから響いてきたのは車のクラクションだ。
 笑みを浮かべる男が音に動じたとは思えない。だが表情を変えぬまま、男は水面のなかへと消え、そして瞬く間に水が引いてゆく。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
 鼻が曲がるような腐臭も消えたとき、圭介が息苦しげに身体をよじらせた。
「ああ、ごめん。なんでもないよ」
 思っていたよりも腕に力が入っていたらしい。軽い口調で圭介を安心させると、鉄骨をよじ登って地表に出る。
「ここ、降りるのもけっこう大変だっただろう? かくれんぼをしていたわけじゃないよな」
 出入り口へとむかいながら問いかけると、とたんに圭介がうつむいてしまう。
「僕、ブチ丸を探していたんだ」
 ブチ丸とは圭介の一家が飼っている猫だ。一週間ほど前から姿が見えなくなって、家族総出で探していたという。
 そのブチ丸によく似た猫をみつけたのは日暮れ間近。逃げる猫を必死で追いかけて、気づいたときにはあの場所にいた。猫はすぐに姿を消してしまい、圭介にはどうやっても地表に上がることができなかったという。
「どうして帰ってこないんだろう。ブチ丸、ちゃんとご飯食べているのかな」
 昴に助けだされて安心して、探していた猫に意識がむかってしまったのだろう。胸元から鼻をすする音が響いてきた。
「……圭介は、ブチ丸が大好きなんだね」
 圭介の母親が独身時代から飼っていた猫だというから、それなりの年齢だろう。気まぐれに逃亡しただけとは言い切れない。
「きっとブチ丸も圭介のことが大好きだと思うよ。俺が住んでいるところには猫がいっぱいいるから、猫の気持ちはよく分かるんだ」
 慰めにもならないだろうそんな言葉を告げながら、工事現場を後にする。幸い、立入禁止の場所から出てきたことを見咎める人間はいなかった。
 自宅の住所や電話番号を覚えていない圭介を交番に連れて行くか、それとも神社に戻って真雪たちの助けを借りようか。
 思案していると、昴を見上げる圭介の視線に気がついた。
「猫の気持ちが分かるのは、お兄さんも猫だから?」
 問いかけられて、昴は悲鳴を飲みこんだ。
「ええっと……。なんでそんなふうに思ったの?」
 動揺を押し隠して、笑みをむける。口元が引きつっている自覚はあるが、それは困惑のせいだと言い逃れできる。そう、尻尾を出した覚えはない。
「だって最初にお兄さんを見たとき、ブチ丸みたいに目が光っていたよ。それに髪の色も猫みたいだ」
 ちいさな手が頭上に伸びてきて、撫でるように髪に触れる。昴の髪は赤みを帯びた薄茶色で、光彩はくすんだ緑。たしかに日本人には見えない色彩だが、外国人だという思考を飛び越えなくてもいいだろう。
 ……子どもの直感力って怖い。


   〈中略〉


「……あの、落ち着いてください」
 突然始まった言い争いは徐々に騒がしさを増してゆき、そして終着点が見えない。耳を押さえたくなるのを堪えて口を挟んでみるが、昴の言葉は当然のように無視された。
「とにかく! わたしが一番時間に余裕があるんだから。だからわたしがブチ丸を探します」
 ひときわ大きな声で宣言したのは絃花である。強くなったなぁ、と思うものの、この状況では彼女の変化を素直に喜ぶのは難しい。
 昴が現実逃避しかけたその瞬間。昴は笙子に腕を掴まれた。
「まったく、頑固なのは父親そっくり。……そうね、つまりは私にも似ているってことだから、仕方がないわ。猫探しは絃花に任せましょう。美波さんもそれで良いわね?」
「でも、探すのは夜になるのでしょう? 絃花ちゃんひとりにお願いするのは」
「だから、『猫の手』をお借りするのよ」
 昴の腕を掴んだまま頷いて、笙子は壁を指さした。壁にはスーパーボウルや風船、くじ付きの菓子などを台紙ごと掲げているため見えにくいが、そこには幅広の短冊が貼られているのだ。
「猫の手、貸します。ねんねこ商會……?」
 墨で記された文字を読みあげた絃花は、しかし困惑した表情を見せる。
「片桐さん、知っていたんですか」
 駄菓子屋の店舗内に掲げられた短冊に目を留める人間は少ない。はじめて駄菓子屋を訪れた笙子が、短冊のことを知っているとは思わなかった。
「私も、この町に住み着いて長いから」
 店に現れては暇を潰してゆく老人たちの何人かは、笙子の友人なのだという。
「あなたのこともいろいろと聞いているわ。だからこんなことを頼む気になったのよ」
 そう告げて、笙子は絃花へと向き直った。
「こちらの神社ではね、どうしても手がまわらないときに、神さまのお使いを……『猫の手』を貸していただくことができるのよ。もちろんお使いの方だって忙しいから、本当に必要なことしか頼めないのだけどね」
「そうでもないですよ。頼まれるのは犬の散歩とか、買い出しとか。ああ、節分に鬼の役を頼まれたこともあったなあ」
 幼稚園の園長が駄菓子屋に飛びこんできたのは昨年の二月三日。説明もないまま腕をつかまれ幼稚園に連行され、鬼の衣装に着替えさせられた。本来その役を行うはずだった職員や、協力を申し出てくれていた父兄が軒並みインフルエンザを発症し、昴に頼むしか手段がなかったのだと教えられたのは豆撒きが終了してからのことだ。
 自分の立場が理解できないまま、園児たちに投げつけられた豆は地味に痛かった。
「もしかして、『猫の手』って……」
 絃花の右手が宙を彷徨ったのは、昴を指さそうとしたからだろう。だがそれが適切な行為ではないと気づいて、拳を握る。
「なんでも屋って言うか……雑用係の方が実態に近いような気もするけどね」
 いちおうは神主見習いとして神社に住み着いている昴だが、神職の修行よりも人生経験を積むのが先だと言われて駄菓子屋を任された。『猫の手』を貸しているのも、人としての経験値を積むための手段である。
「猫を探すときは、必ず昴くんと一緒に行動すること。いいわね、絃花」
 拒否を許さぬ口調で宣言されて、絃花は不満げに肩を落としていた。


 
椎名貴乃 * 新刊・既刊案内 * 23:12 * comments(0) * -

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