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没薬は誘う(ミルラはいざなう)

ミルラ永遠の生を得たはずの自分が、
なぜこんなところで死ななくてはならないのだ?

神庭旭春が出入りする毒草園には、不可思議な人間たちが集う。
ミイラの調達を依頼される毒草園の主人・佐伯。四千年を生き、錬金術を身につけたという〈伯爵〉。さらには、みずからを不老不死だと嘯く女・珠希。
同時に旭春の周囲に頻発する事故と、毒草の罠。小さな兆しにすぎなかったそれぞれの事件は、しかし不老不死をめぐる謀略のはじまりだった。
「猫と琥珀と毒草園」シリーズ第三弾。読み切り。

B6サイズ/104ページ/インクジェット印刷/500円
第2版 B6サイズ/104ページ/オンデマンド印刷/500円

<続きは本文の冒頭および抜粋です>
1
 闇を渡る夜風に吹かれて、ガラスの風鈴が静かにその音色を響かせる。澄んだ余韻が運んできたのは、古色を帯びた夏の情緒。とはいえそこは、異国の調度品で埋め尽くされた毒草園の客間である。風鈴の響きは、室内の不協和音を強めたにすぎなかった。
 灯されたあかりは床の間に飾られたアンティークランプただひとつ。薄暗い空間は、砂壁に映しだされた孔雀の不気味な影に支配されている。
 その足元では闇を恐れぬ男が二人、漆黒のテーブル越しにむかいあっていた。
「いままで、あなたの冗談には随分とつきあってきたつもりですが」
 つぶやいたのは、毒草園の主である佐伯七生だ。
「今回ばかりは笑えませんねえ。思考力が衰えているのではありませんか? そろそろ引退を考える時期かも知れませんよ、伯爵」
「笑えないのは、君の頭が固い証拠だろう。もっとも、私は冗談を言った覚えはないのだが」
 咳払いをもらして、伯爵と呼ばれた男は真面目くさった表情を作ってみせる。芝居じみた態度はいつものこと。七生もまた大げさに肩を落とした。
「では、本気で私にミイラを調達しろと仰有る」
「君は薬種商なのだからね。これは、至極まっとうな依頼であるはずだ」
 遠く神話の時代から、人々は欲望の赴くままに毒や薬を求めてきた。彼らの願いを叶えたのは、村のはずれに住む魔女や妖術使い。そして七生のような薬種商たちであったのだ。
 一方エジプトのミイラは中世以後、ヨーロッパだけでなくアジアにおいても知られた存在だった。元は人間の肉体であったモノ。それが魂の不滅を願うがゆえの行為となれば、いやがうえにも人の想像力をかきたてる。
 ミイラは長い間、不老長寿をもたらす特別な薬だと信じられていたのである。日本においても江戸時代に、六十体のミイラが運ばれたという記録が残っているほどだ。
「富と権力を独占して、思うままに生きてきた人物なんだが、老いからは逃げられなくてね。その先に見える死に怯えている。そしてすがりつく藁として、ミイラを選んだようだ」
 薬だと考えられていた以上、ミイラは毒草園で取り扱うべき商品のひとつである。七生が難色を示しているのは、伯爵の依頼に厳しい条件がつけ足されていたからだ。
「できうるかぎり高貴な人物。しかも傷ひとつない完璧なミイラなど、そう簡単にみつかるものではありません。私などより、古美術商に依頼すべき用件ですね。あるいは盗掘の専門家ですか。あなたはそのどちらにもコネをお持ちでしょう」
「望みどおりのミイラが手に入るのなら、報酬に糸目はつけないということだ。私は、君にこそ儲けを得てもらいたいのだよ」
 七生を信用しているからこその依頼なのだと、伯爵は告げていた。しかしそんな言葉に惑わされるほど、七生と伯爵のつきあいは浅くない。
「つまり古美術商にも盗掘業者にも断られ、仕方なく私に声をかけたということですか」
 エジプトにおけるミイラづくりは数千年の歴史を持つ。しかしミイラが薬だと信じられていた期間も短くはない。高値がつくミイラは、すでにそのほとんどを取りつくされてしまっているのだ。そして近代においては遺跡発掘という名目のもと、わずかに残る墓すら暴かれ続けている。
 錬金術をも生みだした文明は、果物の核から青酸を取りだすことができるほど毒薬の扱いに長けていた。薬種商である七生や、伯爵にとっても繋がりの深い土地。だというのに、いまでは各国の発掘隊に占領され、かの地の古い知識を受け継ぐ彼らが足を踏み入れる余地すらない。
「大英博物館には声をかけたのですか? あそこには、もっとも名の知られた少年王のミイラがある。他のミイラと入れ替えてもらえば済む話です」
「だが彼の体は調査のため、幾度となく人の手が触れているだろう。すでに王としての権威はない、と言うのだよ」
「無謀な主張ですねえ。それを叶えるためには、未知の王墓をみつけだすしかない」
 ソファの背もたれに体を預けると、七生は天井へと視線をむけた。板張りの天井は日に焼けて、木目が鮮やかに浮きあがっている。その曲線を目で追いながら、思考を巡らせたのはわずかな時間。
「王族の血筋でなくとも、高貴だと尊ばれた人々は大勢います。海外に目をむける必要もない。中尊寺の品は調査が行われていたはずですが、湯殿山の周囲であれば、地中の室に入ったまま忘れ去られたミイラのひとつやふたつ、すぐに探しだせるかもしれません」
 即身仏と呼ばれるそれは、修行によって己の肉体をミイラへと近づけたうえで、入定を果たした僧侶たちの遺体である。それによって得られるものは、悟りという観念に脚色された魂の永遠性。同時に肉体を現世に留めようとした点においては、エジプトのミイラと変わりはない。
「日本には人魚のミイラなどという代物もありましたね。噂によれば千四百年前から伝わる品だとか」
「困ったことに彼はエジプトの製造法に固執しているんだよ。アンデスのそれなら入手のツテもあったのだが、王のミイラだというのに拒否された」
「しかも人魚の肉を食べると不老不死を得られると言います。長すぎる生を受け止められず、自殺したのは八百比丘尼でしたか。今回の依頼にはうってつけの品ですね」
 伯爵の言葉を無視して提案を続ける。だが伯爵も引かない。
「不老長寿、あるいは不死の薬として、ミイラほど流通した品はあるまい。それを調達できないとは、最近の薬種商も質が落ちたものだ」
「あなたが客のわがままを許すからですよ。単にエジプトのミイラであれば、この場でお渡しすることも可能です。古王国時代の王妃だという触れこみで手に入れたものが……」
 そこで七生は言葉を区切った。伯爵もまた微動だにせず、静かにあたりの気配を探っている。
 示しあわせたように、男たちの視線が窓の外へと流れていく。しかし窓には葦簀が取りつけられており、戸外を包む闇夜を見渡すことはできない。
 涼やかな風鈴の音色に彩られた沈黙。
 だがそれも長くは続かない。庭から響いてきたのは猫の声。殺気に満ちた咆哮が、真夜中の静寂をも引き裂いていた。

2
 眠りから呼び覚まされた神庭旭春が目を開くと、室内はいまだ深い闇に覆われていた。枕元のデジタル時計をつかんで、たしかめた時刻は午前三時。
 時計を放りだして、枕に顔を埋める。真夏としては涼しい夜で、網戸ごしの夜風が心地いい。睡魔に誘われるまま、旭春は意識を手放しかけた。
 獣の絶叫が鼓膜を突いたのは、その瞬間。聞き覚えのない音量に驚いて、布団から飛び起きてしまう。
 ……そういえばさっきも、似たような声が聞こえてきたんだ。
 旭春は窓へと顔をむけた。いまも低いうなり声が、夜風に乗って聞こえてくる。おそらくは猫が喧嘩をしているのだろう。
 旭春が住むアパートの隣。佐伯毒草園の庭から響いてくるのは、その飼い猫の声であるはずだ。
 好奇心に誘われるまま窓に近づき、網戸を開く。窓から上半身を乗りだして、旭春は毒草園の庭を覗きこんだ。そして目を見開く。
 旭春の気配を察して、逃げるように背をむけた琥珀の敵。それは猫ではなく人間だったのだ。

<中略>

「腕をどうかしたのかい?」
 毒草園の庭にいるのは自分と七生、そして琥珀だけだと思っていた。しかしその声は、旭春の真後ろから発せられたのだ。
 呼吸を忘れたまま背後をみやって、男の姿を視界に捕らえる。
 男は見事なまでに白い頭髪と、濃紺の目の持ち主だった。その顔立ちは独特で、さまざまな人種の血が混ざっているようだ。
「ずっと腕を押さえているが、自覚はないのかい?」
 指摘されて、自分の腕に視線を移す。たしかに旭春は、左手で右の前腕を押さえていた。
「垣根を越えるときに、その葉に触れてしまって」
 思いだしたとたん、強い痛みに襲われた。どうやら傷口が熱を持っているらしい。
「おやおや。ここは佐伯が営む毒草園だというのに、軽率な真似をしたものだね」
 旭春の耳に届いたのは、楽しげな笑い声。しかしその言葉の意味に気づいて旭春は青ざめた。近づいてくる足音に気づいてふりむくと、七生が冷めた視線で旭春の傷をみつめている。
 いったい自分は、どのような毒草に触れてしまったというのか。
「大丈夫ですよ、バカは死なないと治らないと言いますから。このまま一度、死んでみることをお勧めします」
 ひどく優しげな笑顔と、軽い口調。しかし冗談だと言い切るには、あまりに言葉がきつすぎる。
 体と心を苛む痛みに耐えかねて、旭春はうめき声をもらしていた。
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